(明治以前)
意外なようですが、内装材としては唐代中国の宮廷壁画あたりがその始まりと考えられています。従って、紙は壁画用(壁紙)を起源として使われてきたようですが、日本では、平安朝の宮廷建築で書院造での側面装飾(障壁画)が一方で建具として発達し、更に絵の下地材が板から紙に変化して襖となったと考えられます。
日本とヨーロッパのでは建築における紙の使い方に違いがあって、こちらは襖への方向に発達していき、むこうでは壁紙への方向へ発達していったようです。
日本では一般的には住宅に紙は使用されていませんでした。例外的には障壁画やお茶室の腰張りくらいです。
この違いの根本は気候風土の明確な違いによる生活習慣や建築様式の違いにあると思われます。このことは、今日のインテリアを考える上での重要なポイントになると考えられます。
( 明治〜戦前)
明治以降は洋風建築の模倣と共に発達し、輸入だけでなく「金唐革壁紙」や「葛布」等の輸出も行なわれるようになりましたが、大正期以降は主に朝鮮に輸出する為のヨーロッパ調の紙壁紙や、「襖調の紙壁紙」が主流だったようです。
(戦後) -復興建築の本格化と共に急速に発展する-
しばらくの間は「鳥の子・加工紙」が中心でしたが、新素材(当時の)を使った麻布・洋服材を裏打ち使用するようになります。その後(内装素材としての紙の需要は下降気味に推移していきます。
(高度成長期)
ビニール系の素材の出現やそれに伴う施工方法の発達と「一人一部屋」「庭付き一戸建て」政策による建築ブームによる「壁紙の大量使用」時代が到来し、紙の使用率は急速に下降の一途をたどり続けました。これは、「織物壁紙」も同様の傾向を示しています。
また、この頃から「壁装材」「クロス張り」等の言葉が登場しました。
(今日)
リサイクル、自然保護、シックハウス症候群等の環境問題に対応した内装材の必要性が叫ばれ、自然素材の見直しの傾向と共に「紙壁紙」が再度脚光を浴びるようになり、「和紙張り」という言葉も出現してきました。
今回はここまでとさせて頂き、次回では、今回の補足と「特性」についてお話したいと思います。
(笠井市造)
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